その日は暴風雪の警報が出るほどだった。学校が休校になり、積もった雪に足を取られながらバス停まで何とか引き返す。
バスは40分発。あと2分。
なんで休校連絡のメール見なかったんだろう。交通費無駄にしたなあ。
先に並んでいる人に続いて足をそろえると、やたらと雪の積もったバッグが目に留まる。よく見ると、ニットの帽子にも雪がたまっている。黒いコートは雪が積もって灰色のまだらのような模様で。
「傘、入りますか?」
思わず声をかけてしまった。
相手の男は驚いたような顔をして見つめてくる。
「いいんですか。じゃあ。」
見知らぬ人と相合傘をしてしまった。せいぜい大丈夫ですとかいやとかそういう返答が来て気まずくなるようなそんな想像をしていたので面食らってしまった。まあ相手も気まずくなるのは避けたかったのだろうか。あと数分でバスは来るだろうし。というかなんでこんなことを言ってしまったのだろう。時々自分の意思で動いていないような気持になる。何者かに乗っ取られているような。1日の間でそういうことが何回かある。
無言が続く。
「もう45分ですね。まだ来ない。まあ待てって話なんですけどね。」
相手の男はうんうんとしか言わないので一方的にしゃべっているようなそんな気持ちになった。
「さすがに遅くないですか。もうここ来てから30分くらいは経ってますよ。」
別に急いでいるわけではなかったが、わざとキレたふりをして相手が笑ってくれるかななどと安直な考えで地団駄を踏んでみる。
男は、はははと笑って見せた。
「きゅう、運休みたいです。」
男は急に切り出す。こんなに寒い中頑張って待った時間は何だったんだろうか。
「運休ですか。困りましたねー。」
「傘ありがとうございました。じゃあ、お気をつけて。」
男は背中を向ける。
「えっと。吹雪ですよ。歩くんですか?」
「まあ家はここから聖山駅まで行って北石線で当麻で降りる感じですね。無理そうだったらホテルでもネカフェでも探します。」
「遠いですね。自分はここから3つ先のバス停なんですけど、、」
「さすがに初対面の女の人の家には泊まれないですよ!大学生?位の方ですよね。」
「聖山市立大の1年です。」
「じゃあ、未成年じゃないですか。」
「いや、実は恥ずかしながら、浪人してるんですよ。だから今20歳です。」
「20か。干支の半分くらい離れてる。」
なんとかしてこの人と話していたい。このまま離れてしまうと再び会う手段がなくなる。そんな焦りを覚えて何とか無理くりに会話を続ける。その必死な様子に呆れたような笑いを見せ、
「ファミレスでも入りましょうか。12時20分だし丁度お昼時ですね。もうお昼は取られていますか?」
必死に首を横に振った。10分ほど歩いた先の価格帯が安すぎず高すぎないようなハンバーグレストランの中へと2人で入っていった。
「何頼みます?僕はこの大根おろしチキンステーキ定食にします。」
「あ、じゃあこのサラダとスープ付きとろーりチーズのラザニアにします!」
男は手を挙げるとスマートに注文を取り、店員に軽くお礼と笑顔で労いの言葉をかけた。
「この辺だと職場が近いんで生徒たちも来そうだなあ。」心配そうに笑う。
「先生をされているんですか?」
「紹介してなかったですね、そういえばこの近くの聖山第一中学校で家庭科の教員をしています。金崎律といいます。」
「かねさきさん…。あ、私は小田原未胡といいます。聖山市立大学人文学部1年です。主に仏文学を学んでいます。」
「あ、実は僕は聖山国立大の教育学部出身なんですけど、第2外国語にフランス語取ってましたよ。フランス語発音が難しいですよね」
聖山国立大といえば全国トップクラスの大学だ。市立大の生徒は国立大と聞くと少し委縮してしまう。聖山市は政令指定都市のひとつであり、首都圏の方よりかは人口は劣るが、それでも総数は200万人ほどで全国でも名の知れた都市である。
実は現役の時に聖山国立大を目指して落ち、浪人するときに2浪は許さないと親に言われ、ランクを落とし確実な聖山市立大に入ったので少しコンプレックスのようなものがあった。まあ、そんなことを金崎さんは知る由もないし、自慢するためやマウンティングするために行ったわけでないことは十分わかっているので、大学については触れずに軽く相槌を打った。
軽く世間話を続けていると、店員が皿を二つ持ちやってくる。
「こちら大根おろしチキンステーキ定食とサラダとスープ付きとろーりチーズのラザニアになります。」
店員はチキンステーキ定食をこちら側に置き、ラザニアを金崎さんの方へ置いた。
「店員さんも確認してくれればいいんですけどね。まあこの時間だと忙しかったのかもしれないですね。」
そういいながら皿を交換すると金崎さんはにらむような目つきになった。
「金崎さん?」
「ん?ああ、なんかぼうっとしちゃいました。それにしてもファミレスって待ち時間短くてすぐに料理が出てくるのでいいですね。」
食べ進めていくと、雪はもっと猛吹雪になっていることに気づいた。
「強くなりましたね。雪。」
「そうですね。」
「この後、どうします?」
金崎さんは身を乗り出した。